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あー、ヨーロッパに逃亡したい、ウィーン行きたい、と大学の授業後に零したら、もうちょっと独語話せる様にならないときついでしょ、殆ど英語しか分からない18歳の小娘がウィーンで普通に生きていける程世の中甘くないよ、と同じクラスの子に正論を説かれました。
正直な所、ヨーロッパ行って好きな所を巡ってウィーンで野垂れ死にたい、という気持ちでいた私には、何かこう、反応に困る言葉でした。別に家出てヨーロッパで生きていく心算はないんだけど、寧ろシェーンブルン宮殿の庭あたりで幸せに死にたいだけなんだけど、っていう。笑 あの子達なら私がこんな状態の時どんな反応をしただろうか。驚いただろうか、憂いただろうか、或いは、泣いただろうか。 きっと、笑ったんじゃないかと思うんだ。怒って、笑って、抱き締めてくれたんじゃないかと思うんだ。 本当に私は果報者。今迄が幸せ過ぎて、きっと、自惚れているんだ。大切な人達から貰った愛しい温もりを、何時しかこの世界に求めてしまうようになっていた。そんなの無理だって、分かっていた筈なのに。 助けを求めてなんかいないんだ。救いを探してなんかいないんだ。何時か私を諭そうとした貴方のそれは、気遣いでもなければ優しさでもない。貴方が勝手に私の心に土足で上がり込んで、ぐちゃぐちゃに踏み荒らして掻き乱していっただけだよ。それなのに私が貴方を拒絶すると、貴方はまた私を詰る。 もういい加減気付いてくれないかな。貴方にそういうものは望んでいないんだよ。 PR 昨日の夜、日付が変わる位の時間に般教の課題をやろうと思い立ち、ああそうだ、高校の資料集を参考にすれば良いんだ、と気が付いて机の上を探していた所、私が唯一行きたいと思えた大学の学校案内の冊子が見付かって、耐え切れずに布団の中でうずくまって泣きました。
未だに捨てられないんだもんなあ、未練がましいにも程がある。 自分で切り捨てたくせに。自分で諦めたくせに。これで良いんだ、私は後悔なんてしないんだ、って、自分で自分に言い聞かせたくせに。 下宿なんて許してもらえないのは分かってた。結婚するまで家から出してもらえないなんて事は、充分過ぎる程分かっていた。だってものごころ付いた時から刷り込み教育されてきたんだもの。あんたは女の子なんだから、女の子なんだから、って。 分かってた。分かってたのに、どうして変な期待をしてしまったんだろう。酔っ払って帰って来た父の口から飛び出した一言。その言葉を鵜呑みにして、私は希望をもってしまった。 結局許してはもらえなかったけど。願書を出す事すら叶わなかったけど。自分の意志を貫く事も出来なかったけど。 私は何となく平凡に幸せな毎日を送っていくつもりだ。それで良いと思っている。でも、そう思っている筈なのに、心がはち切れそうになる程痛い。 嫌だなあ、それ引きずって朝から情緒不安定。しかも朝から母に怒鳴られ、更に感情の制御が効かなくなってる。 大学行きたくないなあ。あそこに行って、また愛想笑いを貼り付けている自分を想像すると吐き気がする。 中高の時だったら、どんなに私が空元気で頑張ってても、今日元気ないね、大丈夫?って甘えさせてくれる人達がいたのに。 |